人工呼吸の重要性 −ポケットマスク/バッグバルブマスク



人工呼吸は不要!?

昨今の心肺蘇生法講習では「人工呼吸はしなくてよい」という趣旨のことが言われることが増えてきているようです。

中には、蘇生ガイドライン改定で人工呼吸は不要になった、という受講者の声を聞くこともあり、残念ながら完全な間違いと言わざるを得ません。救命法指導員が間違ったことを教えたというよりは、受講者が曲解してそう受け取ったものと思いたい気持ちです。

人工呼吸を巡っては、正確ではない、という以上に、デマとも言うべき誤った知識が公然と流布している現実があります。


CPRの目的は心筋細胞と脳細胞に酸素を届けること

CPR(心肺蘇生)の目的は、ミクロの視点でいえば、体の組織細胞に 酸素 を届けることに他なりません。

細胞の中でも、特に重要なのは脳と心臓の細胞です。これらの細胞は一度ダメージを受けると再生しない細胞と言われているからです。

胸骨圧迫で胸を押せば、血流 が生まれます。

突然発症した心室細動(心臓突然死)であれば、倒れる直前までは普通に呼吸をしていますので、血液中に酸素が残っています。そこで胸骨圧迫を行えば、残っていた血液中の酸素を脳細胞・心筋細胞に送れます。少しの時間であれば人工呼吸がなくても大丈夫と言えます。

しかし、溺水や窒息で心停止に陥った場合を考えてみてください。息ができなくなり、血液中の酸素を使い果たした結果、心停止になったわけですから、いくら胸骨圧迫で血流を生み出しても、血中酸素が残っていなければ CPR の目的は達成できません。

また、突発的な心停止であったとしても、発見が遅かった場合や、10分、20分と長く胸骨圧迫を続けている場合は、血液中の酸素が枯渇している可能性が高いと言えます。となれば、当然、酸素を体内に取り込む動作、つまり人工呼吸が必要になってくるのは、ご理解いただけると思います。


人工呼吸の省略は「やむを得ず」の結果

50年を越える心肺蘇生法の歴史の中で、人工呼吸をしなくて良い、と積極的に言い切られたことは1度もありません。

災害や救急対応の第一原則、「自分の身の安全を最優先」を考えた場合に、感染リスクなどの問題から人工呼吸実施の優先度が下がるというだけに過ぎません。

やらなくてもよい、という積極的な理由はないのです。

なんの備えもなく、責任もない立場である「バイスタンダーCPR」では、感染防護の観点から、ダイレクトな口対口人工呼吸を行わないことをは決して責められるものではないでしょう。

しかし、緊急事態に備える立場である医療従者や学校教職員、スポーツインストラクターなどは、人工呼吸を含めたフルサイズの蘇生法の実施が期待されていることは昔から変わっていません。

非衛生的な状態であっても勇気を振り絞って Mouth to Mouth をしろと言っているわけではありません。しかるべき人工呼吸用デバイス/感染防護具を備えて準備するように、ということです。

例えば、2016年には耳鼻科診療所での子どもの心停止事案で人工呼吸を行わなかったことが焦点となった裁判があり、診療所には6100万円の賠償命令という判例が出ました。

→ 人工呼吸をしなかったことが過失と認定された裁判例

判決文を読むと、対応した看護師は人工呼吸はしなくてもよいという教育を受けたような言及もありましたが、そもそもこの診療所にバッグマスクのような人工呼吸器具がなかったことが問題視されていることがわかります。


ポケットマスク/バッグバルブマスク(BVM)とは

ポケットマスク(フェイスマスク)/バッグバルブマスクは人工呼吸を安全で効率的に行なうための道具です。

多くの市民向け心肺蘇生講習では、口対口人工呼吸を基本とした指導を行なっていますが、家族への救命を除けば、口対口人工呼吸は現実的ではありません。

それは医療の世界では、スタンダードプリコーション(標準防護策)と言って、「汗以外の人間の体液はすべて感染源である」と考え方が主流となっているからです。

心肺蘇生の口対口人工呼吸で病気が感染したという報告はほとんどありませんが、他人の唾液に触れてまで人工呼吸をすることは医療従事者には求められていません。

そこで医療従事者をはじめとし、職業的に心肺蘇生をする可能性がある人は、医療器具としてきちんとした感染防護具、つまりポケットマスク(フェイスマスク)やバックバルブマスクと言った器具を使って人工呼吸をすることになっています。

ポケットマスク バッグバルブマスク(BVM/バッグマスク)
左:ポケットマスク(フェイスマスク)/右:バッグマスク


医療現場で標準の人工呼吸法 バッグバルブマスク

乳児のバッグバルブマスク(BVM)人工呼吸法練習バッグバルブマスク(バッグマスク)は、ふいごと同じ仕組みで傷病者の口と鼻に空気を送り込む用手的な人工呼吸器具です。

商標が一般名詞化して、アンビューバッグ と呼ばれることもあります。救助者の呼気を吹き込むわけではないので、仮に蘇生中に胃内容物が逆流したとしても、救助者は安全です。

救急隊や病院で行なわれる人工呼吸は、基本的にすべてバッグバルブマスクを使って行なわれています。

BLS横浜が提供するプログラムの中では、プロフェッショナル向けの一次救命処置コースである AHA-BLSプロバイダー 以上のコースでバックマスク換気のトレーニングを行っています。

コロナ対策を考えたら保育園・小学校・児童施設でも

2019年末から深刻化しているCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)を考えると、呼気吹き込み式の人工呼吸の是非が問題となり、さらにはトレーニング段階での受講者同士の飛沫交差感染も懸念されるようになりました。

こうなると、感染対策上、安全な人工呼吸法はバッグマスク法しかない、という状況になっています。(バッグマスクも飛沫を完全に防ぐ構造にはなっていない点は注意が必要です)

子どもの救命には人工呼吸は必須で、救急車を待つのでは酸素化が間に合わないことを考えれば、保育園、小学校、児童施設などにもAEDと併せてバッグマスクを装備するべきという話にもなるかもしれません。

詳細 → withコロナ時代の救命講習(市民小児編)-人工呼吸をどうするか?

参考まで、バッグマスクは現在主流の単回使用品なら Amazon などで5千円程度で入手できます。

 ■ 成人用バッグマスク 2,970円

 ■ 小児(幼児)用バッグマスク 2,970円


気軽に携帯できるポケットマスク

ポケットマスクを使った人工呼吸法トレーニング前述のバッグバルブマスクは、感染防護という点ではほぼ完璧な道具です。

しかし大きくかさばるため、ファーストエイドキットに入れて携行するという備えには向きません。

そこで医療水準的に安全かつコンパクトに使える人工呼吸感染防護具が ポケットマスク です。

成人用ポケットマスク ポケットマスク(コンパクトに収納できるベルト通し付きポーチ)

↑成人用ポケットマスク
コンパクトに折り畳めて収納ケースポーチ付

高い防護性能と低い心理的抵抗感

これは傷病者の鼻と口に密着させるフェイスマスクと、吹き込み口(一方向弁)からなっていて、フィルターと併せて、傷病者の呼気や吐瀉物が救助者の口元にこないような設計となっています。

フェイスシールドとは違い、傷病者の顔と密着しなくて済むので、心理的なやりやすさも絶大です。

折り畳み式でコンパクトに収納でき、専用のポーチにはベルト通しが付いていて携帯が可能です。プール監視員やライフセイバーなどは常に携帯しておきたいものです。

ポケットマスクは、町中に設置された AED の付属品として用意されている場合もあります。


羽田空港のAEDと一緒に配備されていたポケットマスク
▲羽田空港で見つけたポケットマスク

ポケットマスクを練習できる講習

ポケットマスクを使った「口対マスク人工呼吸」は、フェイスシールドを使った人工呼吸法より簡便かつ有効に行えます。しかしその取り扱いにはコツがありますので、きちんとした訓練を受けることをおすすめします。

BLS横浜が開催するコースの中では、AHAハートセイバーCPR AEDコースBLSプロバイダーコース で、ポケットマスクの練習をしますし、エピペン&小児BLS講習 のような職業人向け講習でも、ポケットマスク人工呼吸を標準としています。

小児用ポケットマスク

↑乳幼児用の小さなポケットマスクもあります



※ポケットマスクとは厳密にはレールダル社の商品名ですが、救急蘇生用フェースマスクを総称してしばしばポケットマスクと呼ぶことがあります。なおアメリカ心臓協会AHAは特定メーカーのフェイスマスクを推奨してはいません。


フェイスシールドの位置づけ

もっとコンパクトな、透明ビニールシートでできたフェイスシールドもありますが、これらは医療機器ではなく雑貨扱いのもので、吐瀉物などをブロックする効果は検証されていません。

直接口を付けることへの心理的抵抗を減らす目的と考えたほうがよいでしょう。少なくとも業務対応で使う器具ではありません。(医療現場で使うことはありません)



受講に際して事前購入は不要です

BLS横浜では、ハートセイバーCPR AEDコース、BLSプロバイダーコース、PEARS/ACLSプロバイダーコースで使用するポケットマスクは、洗浄・消毒済み(セミクリティカル)のものをお貸ししています。

受講の皆様に購入準備を頂く必要はありません。

衛生管理には万全を期していますが、もし新型コロナウイルス感染を懸念される場合は、個人用のものを事前にご購入頂いても構いません。インターネット通販等で入手できます。

Amazon での参考価格:

 ■ 成人用ポケットマスク 2,750円

 ■ 小児/乳児用ポケットマスク 3,300円


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